曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

また君を抱っこしてあげられるようになったよ♡

仕事のスケジュールを詰めて詰めて、クライエントさん方にも事情を説明し、できる限りの対面をスカイプや夜の時間に変えていただき、なんとか週に3日は次女の家族をケアしたいとフル稼働で回してきたこの4月、5月、6月でしたが、予期しない出来事で終止符を打つことになりました。




6月に入っての緩やかな異変は、先週末には決定的なものとなって、次女一家の第2子は、呆気なく流産という形で、この世から姿を消してしまいました。

15週を目前にしていました。


お腹の子の決心を尊重して、次に生まれてくれる日まで、ゆっくり準備をして待つことにしたと、夫婦で前向きに進む姿は美しいと思いました。


夫君の母親が東京からやってきて、一切の家族ケアをお任せすることにし、私はこれまでの疲れをゆっくり取らせていただきました。この時間は娘夫婦にとっても、幼い孫にとっても、ケアに訪れた夫君のお母さんも、最高の癒しの時間になったようでした。


気配をなんとなく感じるのか、やんちゃな2歳半の孫も、穏やかに過ごしていました。

孫が穏やかに過ごすということは、その両親が穏やかに進めているというこのなので、この上なく安堵して手術の日を迎え、送ることになりました。


起きた事を悲観せず、次にどうしていけばいいかを夫婦で話し合い、次の機会までには体力を十分に備えていこうと決心したようです。


不幸と捉えるか学びと捉えるかはその人次第。

次女は昼寝から覚めてぐずる孫に、「さア♡お母さんはまた君を抱っこしてあげられるようになったよ♡」と抱き上げていました。



それにしても、次女の破水した時間と同刻に、離れて過ごしていた私のメガネが突然真ん中から真っ二つに割れてしまったのには驚きました。

起きたことに意味づけをするのはその人の自由。

目の前で起きていることがすべての事実だと脳は感じ取る。


万物は確率でできている。

起きたことを「負」としないで意味づけることは大切なことですね。



それではまた




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