曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

hug…

「抱き合う」を敢えて「hug」という言葉で表現します。



「今ここ」のレッスンの場面です。

クライエントとセラピストの会話が佳境に入り、声を震わせ始めたそのクライエントは言いました。「治らない全身アトピーは自分の不注意じゃない! 自分ではどうにもならない運命なの。なんで治んないの!?治療費もたくさんかかってるのにと母からいつも言われる。でも治らないのは私のせいじゃない、自分じゃどうにもならない、誰も私の味方になってくれない、父も母も、私はいつだって奴隷の役回り、学校でも家でも!それもこれも不遇…私はこんなに努力しているのにどうして!…」

その場の誰かに怒りを向けるでもなく、といって自分に怒りが向いてるわけでもなく、どこに怒りを向ければいいのかわからないもどかしさが彼女を襲います。



腰掛けたまま感極まっている彼女にセラピストは言いました。「ちょっと立ってみます?」泣いて立っている場所で、セラピストはぎゅっとhugをしました。

クライアントは「手を…手を…どうしたらいいのかわからない…」そう言ってそのままhug返しが出来ずに、ただ背中に両手を当てたままでずっと泣き続けました。まるで幼な子のように、えーんえーんと甘え声に変わるまで泣き続け、やがて彼女の泣き声は収まりました。

1〜2分…?長くても3分はなかったでしょう。



「今はどうですか?」

「不思議です。気持ちがスッキリしました。」



昔から言いますね。

泣いたカラスがもうわろた。


hugの効果はこんなに大きいのです。



覚えていますか?

私たちはいつも周りの大人たちの懐に抱かれて育ちました。hugをしない時は手を繋いでいました。頭を撫でてもらっていました。さみしかった時、誰かにいじめられた時、兄弟げんかをした時、布団の中で、懐の中で、家族たちにしっかり抱きしめてもらいながら眠りに落ちていきました。

その時の安堵感。


これに異議のある大人たちはどれくらい居ますか?


幼い頃に大人の懐に抱かれた記憶がない人たちは、hugをされた時にそのhug返しにどうリアクションしていいかがわかりません。背中に手を回してその懐に包まれ、愛をチャージしてもらうという体験をした記憶がないと、hug返しの方法がわかりません。


hug返しが出来る私たちは、懐に飛び込めない人の気持ちがどれだけ理解できるでしょうか。

子どもを懐に抱き愛しむということがどれほどに大切なことだったかを、hugは教えてくれますね。





それではまた


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