曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

【続き】 親の思い 子の思い

前回の親子間の思いの違いについて、世代間のギャップについての考察をしてみました。が、これだけを理由にすることはできませんし、そのつもりもありません。世代間の思いの違いはかなり有力だとしても、人全てがそうだというわけでもありません。

発言の矛盾を避けるために、可能性に順序をつけて話したいと思います。ただね、前提に世代のギャップがあるのは重要なことだと私は意識しています。


さて、私たちの「思い」というのは、人それぞれに感覚や情報とが重なってできるものですね。

認知の歪みの説明でもお話ししたように、その個人差によって「思い」は違います。その違いの決定的なものは、事実を歪曲させるものです。

歪曲ってどこから湧いてくるのでしょうね。

思いを話す時に省略したり逆に表現を加えたりして、自分で伝えやすくしたつもりが、盛っていたり言い足りなかったりして自分が歪曲することもあれば、相手が受け取る時に自分の思いや事情で感じ方が(自分の中で無意識に)歪曲されることもあります。認知の歪みがあるとその思い違いはさらに増します。

思考は目に見えるものではないので、敢えて可視化してみます。

親の世代の考え方と子の世代の考え方、それでも時代のギャップを埋められる人達は多くいます。どの時代に生きる人でも、物の見方や考え方が客観的であるか主観的であるかの差異はあります。

世代間のギャップが埋められずに、尚且つその認知に歪みがあれば、どちらが正しいとか、どちらかが間違っているなどのジャッジが起きやすいものです。

世代間のギャップがあるにしても、互いの見方が事実に沿って客観的に見てみようという思いがあれば、その齟齬は埋められます。

こちらでのカウンセリングでは、その齟齬をできるだけ埋めやすくするためのアドバイスやセラピーを行なっています。毒母、毒父、毒親…毒娘、毒息子、毒嫁、毒婿…おやおや…



あなたに客観的に事実を感じたいという思いが強ければ、それはかなりあなたへの助けになります。

主観的に物事を見てしまう心の癖がある人は、それを客観的に見る方向へ変えていこうと決心すれば、少しずつ変化が起きてきますよ。




それではまた

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