曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

親の思い 子の思い

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先日の記事に、いろいろな反応をいただきました。今日は、「親の思い 子の思い」として記していきたいと思います。


お子さんと気持ちの共有や確認が全くできていないという方の感想がありました。親の気持ちが伝わらなくて切ないというご意見でした。

そうですね…親御さん方へ、これって、当然なんですよ。

親が子と気持ちを共有できるってどういうことなのでしょう。子は上の世代に生きた親の気持ちがわからなくても当然、親もまた昔と違う個人の価値観が豊かな今の子どもの気持ちが理解できなくても無理のないことです。今の時代は特にそうだと思います。


その中でも特に親世代は(この場合は成人した30代以上の子供の親とします)、子を私物化していることに違和感のない世代なので、その辺りの子の感覚がわかりません。子ども達はすでに1人の人格者として自立したものとして扱うべきなのに、親の世代がそれを許さないのです。残念ながら多いのですよ。


戦後からすでに75年経って、戦前になかった自由という意味づけや意識が、民主主義とともに日本中に広がっていくものの、日本人の正義感は善か悪かの二極化から未だに緩やかにならず、家族の全体主義から個人主義に変わりゆくことにもなかなか馴染もうとせず、個々の家族間ではそれが崩れつつある一方で、社会では今だに強固な全体主義が幅を利かしルール違反を忌み嫌います。かといえば、場の空気次第では「和をもって尊しとなす」というダブルメッセージの存在があります。


50代60代以上の親達はその両面性で生きていますが、子の世代ではすでに個人主義が意識付いています。にも関わらず子は小さな社会の全体主義(家族主義)や組織の強固さに取り込まれて、苦しい状況にいます。世代間のギャップが互いに壁を作り合うことも問題性を深めます。

仕事上、親の世代に居て子の世代も眺め、話を聞き、相反する評価を片耳ずつ受け止めていると、子への理解が親側の価値観を基にしたものであれば、子は当然それへの反発をしますし、親はその反発を理解できず、服従が当然と思うところにズレがあることに気付かされます。


親側のそれは、ちょっと頭ではわかっていても感情で受け止めきれていない状態、といったところでしょうか。かといえば、引きこもりのメカニズムについては、逆に我が子たちのその行動が『理論的に理解できておらず』、どうしてよいかわからない親の苦悩がその一例です。年を経れば思考もさらに保守的になるので、そのギャップはなかなか埋められずにいます。


子は子で自由に発言をすると、親の戸惑いや怒りにあい、身についていない全体主義(親の言いなり)を最初のうちは躱せても、その頑固さを打ち破れるほどの強固な意志は出せず、内に気持ちを込めたまま、表に出すことを諦めてしまいがちになり、内面の怒りが憎しみに形を変えて、毒親という借り物の表現をしてしまうに至るのではと思います。


親は我を飲め 子は我を敢えて言え


そんな風に親子が自由に忌憚なく気持ちを言い合えたらいいですね。

お手伝いいたします。







それではまた

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