曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

毒親 ですか?

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あなたのせいでこうなった。

あの人のせいでこうなった。

あのことが理由でこういうことになった。

とは決して交流分析ではいいません。



人は誰でも、自分が置かれた不利な立場やそれに至った過程を環境のせいにしたり、他人(身内を含む)のせいにしたいものです。私は頑張ったのにそれをさえぎるものの存在があった、など思いたい考え方です。


最近、よく毒親とか毒母などという造語を目にします。むかしむかしには、母原病という造語もありましたね。当時も今も、こういった造語は社会の現象を如実に表しているものだなぁと思いますが、ただしかし、これらの造語は病理の説明ではなく、その時代の傾向でいろいろな造語が出来てくる中の一つですよね。にも関わらず、それは社会にとても大きな影響力があります。


本をよく読んでもいない人たちが、その個人の主観に沿った感情的な表現で、数のしれないちょっと面倒なタイプの親たちを毒親だとラベリングした結果、世に沢山の毒母毒親が溢れてしまいました。



母親を毒母だと思うその人の気持ちが自分の中にあるだけで、親は ただ親なだけなのです。全体名詞化にして呼ぶ事のラベリングほど怖いものはありません。世の中に毒親と呼ばれる人たちが増えてくるメカニズムは、脳科学でいう「脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたいふかつけい)」の働きの一つであると私は思います。

俗語はそうやって世の人々を恐れさせます。



人間は誰だって間違う。子育てだって誰も完璧には出来ない。間違いばっかりの子育てだと他人が外から見て思っても、その親は親なりのありったけの経験と知識を集めて、親なりの良いと思った方法で、あるいは、よく分からない方法でも迷いながら子育てをすることがあったでしょう。多くの人たちがそうであったように。



毒親とか毒母とかいう言葉をみるたびに、胸の奥が痛くてたまらなくなる親たちの、私もそのうちの1人です。カウンセリングに見えて、毒親と言われたと言って泣き伏すお母さんの手を取って一緖に眼を潤ませてしまったこともあります。



一生懸命だったけれど、どこかずれていた。自分の育てられ方がどうだったか分からずに、いつの間にか親と同じことを我が子にしてしまうこともあったかもしれない。大きくなった我が子から発せられた、思いもかけなかった言葉で傷つく親もいました。子どもは小さかったからコミュニケーションがうまく取れず、やっと大人になって発した言葉が途轍もなく大きな爆弾だったということもあります。



子どもは子どもの思いから親に呪縛を感じ、親は子の理解がうまくできておらず、食い違いを修正する時間も空間も互いに見つけられず、ある時突然烈火の如く燃え上がる親子関係の炎。

母も子も、気づきが足りなかったか、あるいはどこかで自分の認知を歪めてきた可能性があります。



育て方が間違ったかも知れないけれど、それを毒親と一括りにしてあの親もこの親も「毒親」というのは、善悪二元論が大好きな、いかにも日本人的な要素を持っているように思えて、余りにも一般化のしすぎではないかとわたしは思うのです。

もっとグラデーションのある、スペクトラムな提議があっても良いのではないかと。そんな風に思います。



さて、ご自身の母親を毒母だとしてカウンセリングにお見えになる方は実際に居ます。そんな時、最後には、あなたはあなた、わたしはわたし の心境になってカウンセリングを終えられるのをわたしはいつも見届けます。(こんなことを書くと、毒親のことで苦しむ人はこちらに来にくくなりますね )

もちろん、お話はじっくり聴きます。

必要があれば、家族カウンセリングも、ブリーフワークもいたします。双方の言い分もしっかりお聞きします。


カウンセラーは中立の立場に立つのではなく、完全なる客観的な立場で臨みますから、そこに喧嘩両成敗はなり得ません。親子カウンセリングでは、エゴグラムを書いて互いに対比して見比べ、自我のバランスがどのように影響しあってきたかを考察します。



言い合いて やがて鎮まり 手を重ね



かつて親子カウンセリングを受けてくださったご家族にお土産にお渡しした一句です。親子が互いのわだかまりを融合させ、分かり合えた瞬間に立ち会う時には言い知れぬ喜びがあります。

そこで思うのです。

毒親という親はいないと。毒親と思うその人の気持ちがあるだけ。親も子も互いに毒を持ち合うが、その人のすべてを持って毒親とラベリングする事はできない。

毒親であることを指摘するよりも、認知の歪みのメカニズムとその解決方法を広く勧める指摘をしたほうが、より治療的な効果があるのではないかとわたしは思うのです。


そして、親と一緒に来れない人も自分一人だけでも、親との関わりの複雑さを解きほぐし、自分の、子どもとしての言い分もしっかり伝えることはできるのですよ。


情報過多で、一部の人に当てはまる状態や症状を、全ての人たちが危険を孕んでいるように感じさせる情報の危うさには、警鐘を鳴らすべきなのでしょう。賢く理解する人たちが増えることを願ってやみません。





それではまた

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