曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

自我状態(エゴグラム)について

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私たちが普段会話している時、あるいは何かやっている時、その感情や行動の状態で、その人の自我状態(エゴグラムの状態)が大体想像できます。



先の日の説明にありましたように、P(親)・A(大人 または成人)・C (子供) の【3つの基本的な自我状態】でその構造を見ることもできますし、CP(規範的な親)・NP(養育的な親)・A(客観的で理論的な大人)・FC(自由奔放な子ども)・AC(従順な子ども) といった【5つの機能的な自我状態】で見ることも可能です。

P・A・C は3つの【構造】を説明し、

CP・NP・A・FC・AC が 5つの【機能】を説明します。


交流分析を学んでいくと、【会話の方程式】が見えてくるので こうなるのです。

気をつけて聞いていれば…の話ですが。というのは、いつもいつも気をつけて会話を聞いたりしていれば、自ずと習慣化して会話を分析できますが、まさか、その方程式をいつもやっているわけではないですよ。普通はそんな面倒な分析はしません。分析はしませんが、交流はします。わかりやすく言えば、やり取りをしていく中でいろんなことに気づいて自分を知り、ストレスに対応し自分をコントロールすることでより良い対人関係を続けていくということが基本にある心理学です。


もう15年くらい前のことですが、まあまあ親しい友人から、「だからおけあてばさんと話をすると怖いのよね。なんか見透かされてるようで。」と言われたことがあります。


その時思わず笑ってしまいました。


「怖い」や、「見透かされている」といった恐怖を伴う言葉は、Cの自我状態から出ていると思われます。感情を伴って出てきた言葉ですからね。


その人の中で、「カウンセラー」は「ものを見透かす」ので「怖い」という印象が、おけあてばという存在にそのまま被せてしまっているからでしょう。

その友人が思っている印象なのでしょう。


おけあてばはカウンセラーである。

カウンセラーはものを見透かすので怖い。

だからおけあてばは怖い存在である。

という、その人の中のある種の勝手な思い込み(偏見)がそうさせてしまったのだろうと思います。



私からしたら、それは紛れもなく言いがかりです。

カウンセラー =怖い という偏見(思い込み)が、その人にどうやって組み入れられたかは知る由もないですが。



後日談になりますが、第三者からの話で見知ったことで、そう言った友人は、当時道ならぬ恋(咎められても仕方がないような恋愛)をしていたのだそうです。でも、私、多分、知っても咎めないと思います。

相談されたら、アドバイスくらいはあげると思いますが、たぶん咎めないですよ。

よく皆さん方に話すのですが、カウンセラーっていうのは、裁判官でも教師でもないし、警察官的立場でもありません。


相談する人から見たカウンセラーは、「杖」の存在です。その人の目の代わりになって、あっち、そっち、こっちよっていう風に行く道に何があるかを教えてくれる存在です。教えてあげるだけで、その先を歩くのは本人です。答えはいつも本人の中に。

「カウンセラーは見透かすから怖い」は、その人自身の思い込みですよ。

困っちゃうな。


怖がる。ビビる。はCの自我からの感想です。

そういうことが交流分析を学んでいくとわかります。






それではまた


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