曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

学習的無力感


もう何十年も家の自室から出ることができずに、夫とは上と下で別々に暮らし、一日中会うこともないのに、見えない紐で縛られ、何をしているか監視され続けてきた日々だったと、75歳になる大阪住まいの友人が言いました。やっと夫から脱出する決心がつき、そして今はすでに市営のアパートに住み、市の支援を受けて暮らしているそうです。

話は10年前に聞いていたので知ってはいましたが、離婚をする決心がなかなか着かず、「相談にのるわよ。」と言っても、「このままでいい。」と言っていた彼女だったのです。


その部屋の中にいる限り安全だというので、夫が会社に行ってる間だけ下に降り、さっと用事をすませればすぐに部屋に戻っていたのだといいます。でもそういう生活に本当に見切りをつけてやっと脱出したのだと言いました。



嫁いだ先の複雑な家庭事情、姑や小姑たちとの同居の中での女性たちの支配と暴言でまず疲弊し、4人の子供たちを産み育てる中での夫の感情的な暴力に自由を奪われ、それでもなぜ別れなかったのかというと、お金は好きなだけ自由に使わせてくれるので、1人になってこれだけ自由にお金を使うほど自分で働く自信がなく、その一点だけで別れることができなかったのだと打ち明けてくれました。

【学習的無力感】というものです。

一般の人には理解でき難いと思いますが、DVから脱出できない人の特徴の1つです。

そういう夫の支配欲から逃れられない人は多くて、そして経済的に縛られてきた人ほど、そこから脱出しても良いことは何もないと信じて逃げる選択をしない人は多いようです。日本型男尊女卑の典型なのでしょうか。


そういう彼女を相手に、以前から私はあえて離婚は勧めなかったのでした。いや、最初は勧めたのですがいつも「ノー!」と言ったのは彼女だったのです。

辛くても自分の人生を選んで生きていくと言い続けたのでした。


女性が脱出を決定するのは、夫側に経済力がない場合が決定的です。それにほぼ暴力があったら私たち支援者は「早く逃げて!」と言います。命に直結しますから。


では命に関わらない彼女の場合はどうだったでしょうか?


同じです。

逃げたほうがいいに決まっています。


彼女は暖かい温室で飼われていた籠の鳥に過ぎなかったのでした。

たまに籠から出られてもすぐに籠に戻り、自分でそこを住処として、逃げ出す事を選択していなかったのです。

最初に何度か脱出を試みた時に、飼い主の壮絶な怒りで身がすくむ思いをその度に経験すると、やがては籠の鍵が開いていても、決して部屋の外まで出て行こうとせず、籠から出られてもその周りをうろちょろして、そしてまた籠に戻る…学習的無力感がもたらした結果でした。



彼女の子供達が言うそうです。

40代の、子育てが終わった時になぜ家を出なかったのかと。

そして彼女はその度に言ったそうです。

「出たら、どうやって生活するの。4人の子供を抱えて、大学も出せずに、結婚式もあげてあげられずに、あんた達を幸せにしてあげられずに私だけが自由になってどうするの。」と。


夫の経済力がある限り、その力で子供達を立派に育て上げたい、と思ったそうです。

そして子供達は立派に成長し、あとは夫の会社経営者という世間体だけで生きてきたのだそうです。

お金が自由になったとはいえ、どれだけ壮絶な人生だったんでしょう。


そんな彼女だったから、脱出もまた壮絶な脱出作戦だったということでした。

誰にも言わず、家族(子供たちの応援)だけで作戦を練り、夫の2泊の旅行中に脱出を決行したそうです。ほぼ身の回りの品と季節ごとの服だけで。


そして子供達の準備してくれたマンションに隠れること6ヶ月。そこに夫が追っかけてきたので、今度は行政や弁護士に(やっと)相談し、DV認定を受けて離婚調停、再度の引越しをしてそれから1年経ち、物凄いエネルギーを使ってやっと今は平穏な暮らしができてるんだということでした。

離婚の条件は夫の言い分を丸呑み。

何も要求せずに、一切合切を捨てて調印を押したそうです。

厳しい生活が待っているのを覚悟で、役所に相談して得た市営住宅で、「今は心から自由になって、この部屋が全部自由に使える!」と満足し、「いつでも自由にトイレに行ける、自由にシャワーが使える。玄関を開けて窓も開けて空気も好きにたくさん吸える!」と喜んでいます。



年金は意外と少なく(といってもどれだけか私は知らないのです)、あとは子供達が月々それぞれに世話をしてくれてるそうです。

幸せじゃないかっ!ってホッとしました。


これまでは夫から毎月50万円ほどもらっていたというのだからその額の多さにも驚きますが、貯金がほとんど無いというのも驚きます。

「私はね、思いっきり使う!ということで憂さを晴らしてたんよ。それには絶対後悔していない。」

だからお金の入らない今もしっかり納得し、大切に使っているそうです。

「生き方に指図されたくない。もうたくさんだから!」と彼女はきっぱり言いました。


そうは言ってもこの友人のお金の使い方はハンパないです。きっとふつうの人たちの暮らしとは程遠い、優雅な暮らしをしてたんだなってよくわかります。

ランチに行こうと誘ってくれて、豪華な昼食を振舞ってくれました。



環境の変化から体が反応し、喘息や軽度心疾患など自由には動けない身ですが、歩いて10分の近所のスーパーに行ったり、バスで3つ停車ほどの病院に通院したりすることで辛うじて気力と体力を取り戻しつつある今です。


「1年半も黙っててごめんね。説教はされないと思うけれど、おけあてばちゃんの方法では時間も体力もかかると思って、自分でやってみた。一文無しからのスタートでも幸せよ。」

裁判で勝利を勝ち取り、幾らかでも解決金が懐に入ってきたかもしれないのに、それを選ばなかったのは、相当極限まで疲労が来ていたということでしょう。

75歳の独り立ちができた今、追ってこない夫からの解放と子供達の愛に支えられて、いつかは九州に旅に出る元気をつけてもらいたいものだと話していたその1ヶ月後に…ガンが見つかったと連絡をくれました。

抗がん剤治療が終わってしばらくしたらまた会いに行こうと思います。

大阪の友達たちにはまだ言わず、遠い私には話してくれたということは…

一杯話がしたいんだろうなと思います。

ドテラのエッセンシャルオイルと、TFTのレシピを持って。あったかくて可愛らしい帽子を買って。


苦労を持ち込む癖からそろそろ解放ね♡と言ってあげましょう。





それではまた




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