曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

親切な【無関心】


先日、ある友人夫婦から、

「みんなも知ってるMさんのことだけど、生き辛さを抱えてるみたいなのでなんとかしてあげたい」と相談を受けました。その時そこには私を含む数名の共通の知り合いがいました。「どこから手をつけてあげたらいいかわからない。」「協力し合わないか」という相談でした。


話題にのったその人の今の生活はどの角度から見ても破綻寸前なのに、なのにその人は他者を助けようと社会運動に参加するという矛盾を抱えているようでした。

提案者の夫婦は続けます。

「家族や自分のケアが必要な状況なのに、彼女は遠くの世界に目が向いてしまう不自然な社会意識がある。彼女の生活が壊れていくのをみすみす見ているだけではいけない。気づかせてあげないと大変なことになる。」と。


私もその女性と知り合ってから直ぐに、同じ印象を持っていました。『生活、困っているんだろうな…』と。

その言い出しの夫婦も他の人達も、同時進行で同じ思いを持っていたということになります。

「どうしたら良いだろうか?」というご夫婦の真面目な相談でした。仲間を助けたいという思いを持った夫婦です。

以下が情報です。

お腹を空かせて会議に参加しているのが分かる。いつも睡眠不足で、常に仕事を探している。家に2人の成人息子がいるが、2人ともひきこもりで、その世話をしている。そのことに親としての罪悪感を感じ少しでも収入を増やしたく経済の安定を図るがいつもうまくいっていない。夜勤の仕事をするがすぐに体を壊して振り出しに戻る。会議ではよくそんな状態を話題にする為、周りがとても心配をしている。などといったものでした。



????私はこんな時、とても不思議な気持ちになります。そのご夫婦の立ち位置についてです。



この場の人たちは、私を含め、みなさん生活はある程度自立した人たちだと思います。高い収入ではないがある程度暮らしていけているのだと思います。社会を変えようと頑張っている人たちなので、助言力や改善策の提供などはできる人たちばかりです。実際に、いろんな立場の人たちを支援したり励ましたりすることを仕事に持っている人たちですし、それに、話題に上っているその人も実はそういった相談事をずっとやってきた人です。

一緒にやっている人たちの中で、彼女の家族は特に機能の面で問題を含んでいるようにも見えます。



ある程度情報や意見が出たところで、私は私なりの意見を出してみました。こういう時にわたしが言う決まり言葉は、どうしてもカウンセラーとしての視点からになってしまいますが、必要なことではないかと思い、思い切って言ってみました。



※当事者に直接に問題点を指摘しないように。自分なりに漠然と分かっているはずなので、他者がいきなり問題点を指摘するとプライドが傷ついて居場所がなくなってしまいます。


※親切にしてあげるという態度も今一度見直してみた方がよいかもしれません。どこまでしてあげられるかを最初から決めておかないと、依存につながる可能性があります。自己満足で支援をする態度は気をつけないといけません。


※会話や態度ではSOSをなんとなく醸し出しているけど、その部分を実際に具体的に口に出して言うことができない人には、先走った親切はしない方がいいと思います。その為には本人が先ず口に出せる環境をこちらが作ってあげること、これはとても時間がかかるけれど、言い出せるまで待つ。それまではひたすら聴く態度。助けてと口に出すことが困難な人ほど無意識な「ほのめかし」をしますが、ほのめかしを受け止めた後は、発言の確認と「どうしたいの?」といった意味の質問をすることは大事です。助ける側がさっさとしてあげる態度は、実は双方共に長続きせず、心理ゲームで同じようなことを繰り返してしまいがちです。これが無意識な共依存の怖さです。

そして、自分達がどこまで相手に付き合ってあげられるかを予めよーく考えておくこと。途中放棄が一番相手に失礼になることです。


ここまで言って、あとは皆さんがどうしたいかは全体に委ねることにしました。

夫婦は、彼女を食事に誘うかお茶に誘うかして、話しを聞いてあげようと思うと言い、全員もそれに理解を示しました。




実際にこのプログラムが動くのかどうかはわかりませんが、私は参加はしません。




さて、この女性のように、自分の生活が破綻しているのに、他者のことが気にかかる人は案外多いものです。

社会運動に参加することで、自分の成し遂げたいものがあるのかもしれませんが、それよりも先に自分の生活を見直す方が大事なことに目を向けることができず、駆り立てられるように他者に目を向ける人です。


これは、共依存と大きな関係があって、一つの嗜癖ともいえるものです。

嗜癖って、過食などの食べるものだけではなくて、行動にもあります。

ギャンブル依存、アルコール依存、薬物依存、そして仕事依存、この知り合いの女性のように他者救済がやめられない嗜癖もそうです。

自分でやめようにもやめられない行動の嗜癖は、救援するのにも大変な困難があります。

心というより脳のメカニズムまで知って、認知行動療法の必要があることを知ることも大事です。

家族がそれを救援するのでなく、仲間が救援をしようとするのですから、更に大変です。



あと一方で、その夫婦が、なぜ人助けをしたいと思うのかにも着眼が必要だと感じます。この夫婦も、自分たちのしたいことが共依存になってしまうリスクを考えていません。

しかしこれはまだ夫婦には言えません。結論を先に教えてはいけないこともあります。もし夫婦が救済に行き詰まりそうになったら私からアドバイスするつもりです。世の中には良かれと思ってすることが共依存になってしまうことを知らずに親切にする人も多く、大抵は自己満足です。

夫婦が気付くまで待つ気持ちでいます。気付きっていうのは、そうやって身に付けるものだと私は思います。そして、待つということは非常に重要なことだとも思います。

彼女の気付きを待つことも、夫婦の気づきを待つことも、私は「親切な無関心」だと思っているからです。気づいて欲しいなぁと思いつつ、じ〜っと待っています。




それではまた

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