曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

抗って相手を責めたくなる気持ちは今はありません

今はカウンセリングを生業として色々な立場の方達を応援していますが、人やモノ、環境や社会に抵抗してばかりの時期がありました。

若い頃は誰しも思い出がありますよね。

私もそうです。



私の抵抗の相手は、大抵が社会でした。

私、看護学校を卒業して入った病院が、社会派意識の高い、 " 人は誰でも平等に生きる権利がある " というポリシーのもとで運営している組織団体の病院だったので、看護学校を卒業したばかりの若さもあって、社会の矛盾に対する私の意識も自然に影響を受けて、誘われて色々な集会に参加するとその矛盾がより明らかになっていき、社会の構造が歪んでいく仕組み、明らかにならない不条理な仕組みなどがよく見えてくるようになりました。若さも手伝って、街頭行動やデモ行動、選挙応援、国会前行動、裁判闘争、職場闘争など、色々な反対闘争に参加し、応援し、逃げないで向き合い、社会の矛盾に抵抗してきました。



あれから40年以上経って、今の私です。

まさか、抗わない交流分析士をやっているなんてね、自分で自分に苦笑してしまいます。

嫌なことからは逃げてもいいのよ、選ばなくてもいいのよ、向き合いたくない自分がいたら、その言い分をまず聞いてあげましょうね、なんて、抗うことなく受入れて、どの口が言ってるのと思うくらい、真逆な選択肢を持った自分に驚いてしまいます。



あらがう…抗う、争う、諍う、とも書くようですね。


私が使っているスキル=交流分析は、あなたのこともOK わたし自身のこともOK 自分の意見を言うことはあっても、相手を否定したり拒否することは辞めて、お互いOKOKで行きましょうというのですから、社会にあらがい続けてきたわたしが、その先に交流分析士になってしまうなんて、なんという変化でしょうと思います。


交流分析によると、社会の中の争いの9割は、【身内や身近な人たち】との人間関係なのだそうです。

心理的異和状態(楽しくない、おもしろくない、不快感、淋しい、腹立たしい、怒りを感じる)は、しばしば身近な間柄での人間関係の交流の場で起こりがちです。

身近な人間関係といえば、夫婦や親子、兄弟との間、友人、上司や同僚、部下などの間ですよね。

トランプさんが日本の悪口を言ったところで、日本国民がマジに頭にきて夜も眠れない、病気になってしまった!なんていうことはありませんよね。安倍さんの国会発言で怒ることはあっても、それが不眠の原因で食欲が不振で体調を壊してしまった、人生が壊れてしまった!などという話はそんなに聞きません。(あるとしたら、安倍さんに直近する職場や環境、あるいはそれ以外としては精神疾患を持っている人達の一部かもしれませんし、これらはこれらで対処・治療法があります。)


そこが家族間や近い人間関係ではどうなるのかというと、相手が自分の気に触ることを言えば、腹が立ったり、職場でも友人間でも怒ったりやるせなくなったり悲しくなったりします。



そういった関係を「今ここ」を見つめながら良い関係に変えていければ、心も体も改善され、夫婦の会話も親子関係も楽しいものになるし、職場での仕事も円滑に行われることになりますね。

家族関係で今ここがどれだけ大切かは、私自身も何度も体験したことです。その度にスタートに立ち戻るわけですが、今ここだからこそ何度でも立ち戻れるのです。立ち戻ってみた結果がどんな方向に進んで行こうとも、それはその人にとっての今ここ。正しいとか間違っているとかいうことではありません。



遠くの果てしない世界の人たちを相手に抗い続けている人達の中に、家族関係の修復困難な人たちをなぜか多く見つけました。

そしてかくいう私にだって、そんな場面が多くあったのです。

目を向ける所が違う。そこを見るんじゃなかったんだ。そんなことを何度も感じました。

そして交流分析を学びながら、気づかされたのでした。近くを見ないで遠くに原因を探そうとしていたことに。

世界中で闘っている人たちを相手にものを言っているわけではありませんが、私の中の確信です。

ずっと向こうの遠い距離の人とではなく、すぐ近くの人との今ここを大切にする。互いに今ここを大切にしていくことで身近な人間関係が修復されていく。

そうなって欲しいと思います。

そういう気づきを社会に伝えられたらいいなと思って交流分析士になりました。




人と人の争いには意味がある。

相手が変わってくれればどんなに楽だろう。

しかしそれ以前に変わるべきは、

自分であるなぁ…と。







それではまた



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