曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

「母子分離」昨日からの続きです

さて、昨日からの続きになります。

母子分離についていくつかの要素と定義のようなものを昨日はお伝えしてみました。


子が自分の自我を獲得して母親の自我から自分の自我へと確立してゆるやかに自立していく時期があり、それが「母子分離」というものであるということを書いてみました。


そんな1人の人間として自立していく時期に、乳幼児が十分満足できるような世話を親や周囲から受けることができなかったら、どうなるでしょうか?



→【赤ちゃんの世界観が微妙に変わってくる】といわれています。



赤ちゃん時代を経て3歳前後になると、母子分離はある程度完成すると言われています。そしてそれからは愛着形成の時期へとつながって行きます。

子供は、自分の感じている事とお母さんの感じている事が同じではないのだなと気がつきはじめますが、これらはまだまだ小さな自我。理論的に感じることなどまだまだもちろんできません。感覚としてだけです。

とはいえ、今まで母親の愛を獲得してきた安心感があるので、ちょっとだけお母さんから離れてみようとチャレンジします。自分で行動してみようとするんですね。

お母さんと一緒に遊びながら、ちょっとだけお母さんから離れてみる。そしてまたすぐ戻ってくる。また離れて少し遠くへ行ってみる。また戻って安心を確認する。そんなことを繰り返しながら、自分でできるようになった行動を試してみるのです。そして自分はどんな時でも親から(養育者から)守られている、その安心感が他者との信頼関係をさらに強固なものに形成していき、「承認欲求」が満たされていくのです。


この時期、自分は守られていないと感じた子どもは、大人になって、「自分は一人でも生きていける」という自信や自立心がうまく形成されずに、そして「自分には帰る場所がある」という安堵感も信頼感も獲得できずに、安心感を充電することもできないまま、迷い続ける大人になってしまいかねません。

泣ける場所、甘える場所、いつでも戻ってこれる場所は安心の獲得場所【心の安全基地】として絶対不可欠な場所です。そのキーワードを握っているのがお母さん(もしくは養育者)です。

幼い時期に、子供をしっかり抱きしめてやれるお母さん、子供が再び安心を取り戻して旅立てるように、安心を充電してあげられるお母さん、そんなお母さん(養育者)が「母子分離」を完結してあげられます。



では、もしお母さん自身が母子分離が完結していなかったらどうなるでしょう?カウンセリングにお見えになって皆さんからそんな不安と後悔の言葉を聞きます。

カウンセリングに見えるクライエントさんで、小さい時に親が不意に居なくなってなかなか見つけられなくてものすごく不安になり、それが数分であっても気配のない空間で孤独を感じ、この世の終わりかと思ったことが何度もあったと言った人がありました。また、ある人は「お前は橋の下から拾ってきた」と親や家族から言われ続け、親が冷やかすたびにそれを家族中が笑いながら自分が泣く姿を見ていた光景が忘れられない、冗談なのか本当のことなのかわからずにいつも苦しく辛かったと言われました。

幼い頃のトラウマが解決されずに親との距離を感じ続け、号泣される方は意外に多いんです。

折に触れその感覚を何度も味わい、誰からも承認してもらえなかったその苦しさクライエントさんたちは訴えます。

つまり、子供のそばに、横に、助けの居ないいじり方やからかいは危険なんです。それがわかっていない大人が実際にいるんですよね。例えば軽度でももし発達障害などがあって状況を整理して判断することができない人たちには、それはそれは大きなエピソードとして解決不能な思考作業となってしまい、大変な恐怖として心に残ります。母子分離不安に大きく影響する場合があります。大げさではありません。

そして、また、それらは定型発達といわれるものや発達障害といわれるものとは一般に関係なく、その母子分離完了に続く「愛着形成時代」にも大きな影響を及ぼしてきます。大人にそんなつもりはなくっても、子どもにとっては大変重要なことです。



ですが、それらは全てが気付けばやり直せること。極端な心配は要りません。今からでも母子分離不安は解決できます。

その人に解決したいと思う決心があれば、いつでも。心はそのようになっています。そうやって親のエネルギーをそのままに生きていくことはしなくなっていけるのです。

全てがあなた次第。






それではまた



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