曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

問題を抱えているのは誰ですか?

ご本人がというよりも、ご家族のことで相談を受けることもありまして、ある時、出向いてご相談のお話を聞く機会がありました。

お話を聴くうちに、確かにその「ご家族の問題点」も見えたのですが、相談者自身が「自分の状態」に気づかずに、家族(母親)の方に問題ありと思っていて、実は訴えているご自身こそがかなり重大な問題を持っておられるのではないかということに気がつきました。

こういうことって意外とあるんです。

最初から丁寧に経過をお聞きしていきます。親御さんの認知症状の程度や症状、エピソードなど。

そして途中から『おや?』と思うことに出会います。そこからは少しずつ確認しながら軌道修正。



ご家族に起きていることの問題点の本質を探っていきます。一体困っているのは誰なのか?



主役が交代することもあります。

最終的にそこに気づいていただけるまで相談が終了することはありません。

この日、

まだらな認知症状をもった親御さんには、それとは別に喪失感を受けた後のケアが充分ではなかったことから続いている=予期不安=のようなものがもたらす、強い確認行為と認知症とが入り混じった言動をしているということが見て取れました。と同時に、むしろ認知症はそんなに進んではいないということもわかりました。

そして、最も憂慮することが出てきました。

今問題を抱えているのは、もしかしたら親御さんではなく「相談者ご自身」なのではないか?ということでした。

こういう時に、奥歯に物が挟まったような言い方は望ましくありません。出来るだけ客観的事実が伝わるように、表現力を駆使してお伝えしなければなりません。


こういう時って、カウンセラーの資質が最も問われるところなのですよね。勇気がいります。


実は、相談者にはADHDの傾向があるように見受けられ、そのことをこちらがお伝えして、一度検査をしてもらったらいかがでしょうということをお伝えしたのでした。

当然のことながら表現方法を駆使して、私から見える客観的事実を述べさせて頂き、相談された御子様の方に若しかしたら「何某かの脳の機能的なリスク」が潜んでいる可能性があるのではということをお伝えしたら、「受け入れたくないことではありますが…」とご自身のことをお話ししてくださいました。

通常、ここまでお話くださることにかなり勇気が要るものではないかと思いますし、ご自身を開示してくださって、とてもよい話の進展が見えてきたことはここに書くまでもありません。

以後は話がどんどん進んでいき、こちらからは、3つのアドバイスと2つのアイデアをお伝えして終わりました。人はいつかは老いていき、家族や身内の援助を必要とする時がかなりの高確率でやってきます。

その時に関わる家族側にもしもそれを受け止める心の準備が充分でなかったら、専門的な立場からアドバイスしますし、介護する側にもしもリスクの高い障害のようなものがあったら、包括した介護の仕方にもアドバイスすることができます。

ケアマネジャーさんや介護スタッフと家族とが話し合いの場を持って、入念に打ち合わせをすることで、家族だけが負の部分を背負う必要もなくなってきます。介護制度の利用の仕方は一方向だけではありません。

それに、心を開示させることができる人間関係を目指している現場のスタッフたちは案外多いのです。そんなこともお伝えしました。


相談者の多くの方は、このように自分も問題の当事者に加わってしまうことを否定する人はあまりいません。何故なら、問題を解決させたいと思う気持ちで相談にみえるからです。相談に来られたことで、すでに問題の半分は解決しているのかもしれません。いつもそういうことを思います。

近々この相談者はADHDの検査結果を持ってカウンセリングを受けてくださることになりました。

こちらが臆せず伝えたことで、相談者の一歩が深まることは多いです。

聞かれたら臆せずに伝えることは大事なことです。

相談者も軽度の発達障害に怯えることはありません。自分を知って受け入れることで、その何倍も視野が広がることになるからです。

問題の中心にいる人のことで家族との相談を進めていくうちに、問題者が交代することがあるという一例でした。





それではまた

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