曇りガラスの向こう側へ

正統派のフリーランス心理カウンセラーです

認知が歪む過程を色んな角度から考察してみる③

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認知が歪む。

そうなると思考がマイナス化し、非合理的でものの見方が誇張的になりやすく、結論づけの選択肢も少なくて、1か0かの極論を選択しがちです。


そうならないためには、大人である冷静で客観的なAの自我を優位に使う事が必要になってきます。Aは知識の経験を蓄えていますから、冷静な判断ができます。Aというのはある意味常識の宝庫、知識の宝庫でもあります。

ですがもしその人が幼児からこれまでに成長する過程で、このAの自我に親の自我からの過度な情報(誇張性や過剰な批判意見)が加えられていたとすると、子どもの自我は、親の偏見をそのまま受け入れやすくなります。

親の認知の歪みが、子の認知へ影響するのです。

親は知らず識(し)らずのうちに子へ影響を与え、子もまた知らず識らずのうちに親の影響を受けているのです。


この、知らずを→知る(識る)に書き換えるのが交流分析というツールです。精神分析の口語版といわれる交流分析は、会話のやり取りや態度の様子で、その時の自我状態を理解するので、無用なエネルギーを使うことなく、自然なやりとりで人間関係をスムースにします。どこに自分の認知の歪みがあるのかAの自我を使って分かるようになってくるのです。


認知の歪みを持つときの多くは、このAの自我が機能していないのです。Aの自我がなぜ機能しないのかは、その人の生育時の環境によるところが多いといわれていますが、交流分析ではそれを環境のせいにしません。というか、誰のせいにもしません。

そうであったという事実があるだけです。過去は変えられないから、今ここにその感情を置く。そしてその今ここに何があるのかを観ていく。それが交流分析です。


今ここで自分の認知が歪んでいることに気づく。

そして今ここでその感情の元を知る。

知る = 気づき

気づきが起きると癒しが始まりますから、人生に変化が起きます。


とはいえ、自分ではなかなか気づかない認知の歪み。対人関係の中で傷ついていく人は、客観的な自分を捉え直すことで、認知の歪みに気づくことができるかもしれません。客観的な自分とは、感情に左右されないで事実は何かを検索する力のことです。

不安や思い込みに左右されないAの自我をふんだんに使えるようになる。Aの自我が上がると、他の自我とのバランスも取れてくるようになるのは、とても自然なことなんですよ。


自分の認知の歪みに今気づくことができたら、本来の自分(誰からも侵されなかった素の自分)に戻ることも容易にできるのです。



それではまた

認知の歪む過程をいろんな角度から考察してみる②

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前項からの補足→ストロークについて述べます。

交流分析で はその心に必要な栄養を「ストローク」と呼び、「存在を認めること」といった意味で用いられています。そして私たちは日々このストロークを求め、ストロークを交換しながら生きているのです。


写真はwebから拝借



ストロークの交換は言葉かけだったり表情や感情の交信だったり、しぐさだったり…それらを交換し合いながら私たちは心の栄養にしていくのです。

そしてその心の栄養が自分を育み、自己肯定感を育てていきます。



「おはよう♬ こんにちは♬ また明日も楽しもうね♬」

「ありがとう♡ 嬉しいなぁ♡ あれ?ごめんね♡」

「今日はいいお天気ね〜」「何かいいことあったの? 嬉しそうね。」「明日一緒に遊ぼうね」「今度また映画見に行こうね♡」


写真はwebから拝借


こんな風に言葉を自分から相手にかけてあげるだけで相手も嬉しくなるし、お互いに気持ちがUPして、気持ち良い毎日が過ごせるかもしれません。また自分自身も相手から言われると、気持ちも高揚し元気になれます。


ストロークのやりとり= 言葉の交換や感情の交換、心理的な交換をしながら、自分の存在に意味があることを確認して、自己肯定の感情を育んでいく子どもは、やがて大人になって自分の人生に意義と喜びを見い出すようになっていきます。そしてその育みで生きがいの欲求を満たし、さらにそのストロークの交換の密度を深めていきます。



このように、私たちが生きていく上での最大の欲求は、"誰かと親しい交わりをしたい"というストロークにつきます。



そのストロークの密度がもし薄いと、“自分は人に好かれていないのではないか…” という不安が起きてきます。

子どもが体験する不安や思い込みは、大人が安心させる場面がもしなければ、それがそのまま「認知の歪み」= 嫌われてるのかなぁ…という思いへと移行してしまうかもしれません。

「認知の歪み」は、非合理的な思考のパターンです。そして抑うつや不安を長引かせるものです。




続きはまた

認知が歪む過程をいろんな角度から考察してみる ①

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「認知の歪み」についての説明をするには、【存在認知の欲求(ストローク(刺激)ともいいます)】の話が不可欠なのではと思います。なので今日は存在認知とは何かを説明してみます。

わたしたちは幼い時から存在認知(ストローク)の欲求を持っています。赤ちゃん時代から幼児期を経て、少年時代 青年時代、そして大人へとなって行く過程で、親や大人たちに存在認知の欲求を満たしながら大きく育っていきます。その過程で絶対不可欠な親や養育者との交流。この時代の関わりの中で大きく自己が形成されていきます。

存在認知(ストローク)の欲求の満たされ方は、

❶赤ちゃん時代---接触の欲求(肌のふれあい)

❷幼児の時代------承認の欲求(心のふれあい)

❸大人---------------時間の構造化への欲求

といった行程で満たされていくのが理想的です。

❶赤ちゃん時代の接触の欲求が満たされないまま大きくなるとどうなってしまうのでしょう。

以前にお伝えした内容も重複しながら、説明していきます。

オムツが濡れたら泣く、お腹が空いたら泣く、そうやって養育者との接触の欲求を満たしながら、正常な心身に育って行いく過程でそれらが不足すると、赤ちゃんは常に欲求不満の状態です。この時期に抱きしめ愛撫され、お腹が満たされた赤ちゃんは、母親と自分は一体のものと感じています。ある程度泣いても、欲求は必ず満たされるという安心感があると、赤ちゃんの心身は正常に育ちます。


実を言うと、赤ちゃんが満たされるためにはお母さん側の心身の安定が不可欠なんです。産後の不調、ホルモンの変化、母子を受け入れる環境の不安定さなどが、赤ちゃんの育成に大きく関与しますから、母子環境は周りが大切に寛大に受け止めてあげることが大切なんです。

この大切な時期に、孤立してしまう環境に居ざるを得ないお母さんたちの現状(ワンオペ育児などと呼ばれています)をニュースやwebなどで見知るたびに、私や同世代の団塊世代の人たちはとても胸の痛む思いがします。

ですよね?


❷幼児期の承認欲求

この時期は、母子間や養育者たちと子どもとの心の触れあいが大きく影響する時期です。ほほえむ、うなずく、抱きしめる、言葉をかける、それは、お母さんが子供に示す「あなたは存在してていいよ♡」という、ここに存在することを認めていることなので、最高のストロークになりますよね。このように自分の存在に意味があるという事実を確認すると、子どもは「自己肯定の感情」を育んでいきます。

反対に、この時期に承認が得られないと、「自己否定の感情」を生み出します。この自己否定の感情は、大きくなってからの認知の歪みにかなり影響を及ぼします。でもこれは、お母さんたちの責任が大きいというお話ではないのですよ。これはもはや今の時代では社会の構造上の問題になってしまいましたね。

残念なことですが、気づいた人たちが周りを変えていく努力をしないと、これから先の母子問題はとても大変な事態になってしまうかもしれません。社会が女性や子どもたちに優しい時代(=甘やかすというのではない)を作り上げていかないと、構造の歪みはさらに危ういものになってしまいそうです。


幼児の時代から自己否定の感情を生み出さないように、子育てに関わる大人たちはいろんな角度から子どもたちを承認(心のふれあい)していく環境整理が必要だと思います。


ストローク交換(ふれあいの交換のこと…この項は後日詳しく説明)が乏しいと、自己評価が低く認知も歪みやすくなってくる…というわけで、育児をしていく親たちの子どもへのストロークの与え方はとても重要です。そしてそのストロークが自由に出し合える家庭環境も社会環境も。

プラスのストロークがシャワーのように浴びることができると、子どもたちの健やかな世界が広がります。ストローク交換が不自由なくできた子どもたちは、大人になっていろんな苦難なことが起きても、成功体験を重ねていくことができます。

そして、たとえストロークの交換が不自由な環境で育って大人になったとしても、成長の過程で「気づき」を得た人たちは、認知の歪みを修正することも可能なのです。交流分析はそのような可能性を大きく広げています。





それではまた